2006年05月22日

W杯が残したもの

招致合戦、利益度外視のスタジアム建設等
W杯開催で全国に残った負の遺産も少なくないが
共催以降日本のサッカーが一気に飛躍したと言われる由縁には
こういった勝ち負けだけでは語れない記憶と気持ちという財産が
後押ししていると言う事を忘れてはいけない。



 2002年日韓大会の際に各国代表チームのキャンプ地となった国内の自治体は、受け入れ国を応援する動きが出る一方、市町村合併で交流が途絶えたり、応援準備中にチームが予選で敗退したりしてがっかりしているところもある。
 6月18日に日本と対戦するクロアチア。4年前にキャンプ地となった新潟県十日町市は試合当日、市民約150人が大画面で観戦。
 コスタリカのキャンプ地だった三重県鈴鹿市では、地元サッカー協会のメンバーが4月に椿大神社で必勝祈願。
 ドイツ、スウェーデンを受け入れた宮崎市は、日本代表も今春まで3年連続で合宿した。宮崎県はこの3チームに、県民の応援メッセージを書き入れた旗を届ける。
 イングランドのキャンプ地、兵庫県津名町(当時)は昨年4月、合併で淡路市に。町が“消えた”ことも影響し、目立った動きはない。
 カメルーンのキャンプ地で話題になった大分県中津江村(当時)は日田市に編入。応援ツアーを計画していたさなかにアフリカ予選敗退の知らせが届いた。
sm7779 at 20:54│Comments(0)TrackBack(0)

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